パニック障害中卒塗装職人”淳之介”のブログ

オレは父子家庭の息子。そして親父は再婚へ

オレは父子家庭の息子。そして親父は再婚へ

オレ達兄弟は父子家庭で育った息子達。親父の再婚というのも経験した。

いわゆる普通の家庭とはいえないような環境で育ち、まぁ~いろんなことがあった。

と言ってもオレも今年で45歳で、親父も、その再婚相手もこの世にはもういないし、そのすべての出来事は「いろんな出来事があったなぁ」という思い出だけ。

そんな父子家庭で育った息子であるオレはよく「父子家庭の家の中って成り立つの?」なんて友人からよく興味津々で聞かれたよ。

成り立つも何も、男3人でやってくしかないんだからやってくしかないだろ?。

オレの両親が離婚したのはオレが中2で弟が小6だった。

もう何でもできるような年齢になってたから何とか成り立って、成長してこれたんだろう。

当時の親父は長距離のトラックドライバーで、月曜日に仕事に出れば水曜日の夕方に帰ってくる。

そして翌木曜日に仕事に出れば土曜日の夕方に帰ってくるいう1週間のサイクルで、親父が家にいるのは1週間に2回だけという生活だった。

「晩飯はどうしてたの?」ともよく聞かれたが、親父がいる以外の日はばあちゃんがきて晩飯を作り、オレ達兄弟と3人でいろんな話をしながら一緒に食べて、ばあちゃんは茶碗を洗って「また明日ね」といって帰っていた。

ちなみにそのばあちゃんは親父の母親ではなく、出ていったおかんの母親なんだが。

ばあちゃんからしたら、自分の娘にDVをしていた元旦那の所に何で食事を作りに行かないといけないんだと思ってもまったく誰も文句は言わなかっただろうけど、親父のお願いを聞いて引き受けてくれたようだ。

というか、もうオレ達のためだけだっただろうけどね。

ホント、今でも思うけど、優しくて、仏様みたいな人だったな、行動は。

でもある時、ばあちゃんの茶碗洗いのやり方が親父は気に入らなかったようで「汚れが落ちてないのがあるじゃないか!ばあさんに行っといてくれ」なんて言いやがった。

まぁここはほとんどの人が思っただろうけど、「ご飯作りに来てくれるだけでありがたいのに、そこまで求めるの?」と思ったオレはそんなことをばあちゃんには言わず、茶碗洗いはオレ達がするからいいよと、ご飯を食べたら帰ってもらうようにした。

で、オレ達兄弟は分担してやっていた洗濯干し、それを入れてたたむ、風呂掃除、に茶碗洗いを加えて2人でするようになった。

でもこれをやってきたおかげで、後に1人暮らしを始めた時も大して苦にならず部屋がゴミ屋敷、なんてことにも1度もならなかった。

そんな生活だったが、親父もいろいろ思うところがあったのだろう。

数年後のある時、「再婚しようかと思う」と相談された。

「いつまでもばあさんに頼っててもいけないし、お前らの負担も減るだろうし」ということだった。

「どう思うか?」というので「どうもこうも、オレが結婚するわけじゃないんで、いいと思ったんならいいんじゃないの?」と言ってあげた。

その時はもうオレは中卒からの社会人で車の免許もあったので、「そうなったらそうなったでオレは1人暮らしするからオレのことはいいよ」と伝えると「そうか」と納得していた。

そしてオレは親父たちと別れ1人暮らしをスタートするんだけど、しばらくしてから、ある出来事から親父の再婚相手と大喧嘩をして親父とも疎遠になってしまう。

こちとら職人で頑固者、間違っていないと思えば相手が誰であろうと曲げはしない。

当時はね、若かったから。

向こうも向こうで、女手1つで子供を育て、昼は喫茶店、夜はカラオケスナックと商売をしているため口も達者で気も強い。

それで大喧嘩になり、そのおばさんに向かって「お前ら3人で仲良くしとけ!」と言い放ってから何年も音信不通になった。

オレからしてみれば別に親父がどうこうでケンカした訳でもないけど、オレが引くつもりはまったくないし、このことを引きずっても親父がやりずらいだろうと思い、まったく連絡はしなかった。

結婚したことも伝えなかったし、嫁さんの顔も見せてないし、子供が生まれたことも言ってないし、まぁでも弟がね、ちょこちょこは言ってたみたい。

「アイツは元気にしとるんか?」とか、「今どこにおるんか?」なんてことを親父に聞かれてたらしいから。

そんなあるとき、親父が仕事でトレーラーから落下して腰を骨折して入院してると弟から連絡が入った。

仕事でケガなんかしたことなかったのに、「年とったんだろうなぁ」と思い、これから先10年生きるか20年生きるかもわかんないから、嫁さんも含め子供達を会わせておくかと思い、「これも親孝行か?オレが折れてやるか」と家を訪ねた。

それから8年間、オレも大人になったからおばさんとも喧嘩することなく時は過ぎ、3年前、先におばさんが亡くなった。

それまでは頻繁には行くことはなかったが、親父が1人になってからは、親父の方から休みのたびに連絡が入り、子供達と遊んだり、家に泊まらせたりしていた。

ホントはそうしたかったんだろうけどな、ずっと前から。

でもそれは仕方がない。

その場面場面で、それぞれが、それぞれ決めたこと。

その時々のことを、その瞬間瞬間をそれぞれが受け入れるだけ。

いいか悪いか、良かったのか悪かったのかは先になってみないと誰にもわからない。

でもそこには、それぞれの想いがあることはたしかだ。

オレは父子家庭で育ったけど、オレの子供達が父子家庭にならないようにしないと。

あっ、母子家庭にもならないようにしないと。

お~コワイコワイ!

以上、『オレは父子家庭の息子。そして親父は再婚へ』でした。