『パニック障害の患者を持つ家族の接し方』
パニック障害の患者に家族はどう接したらいいのか?
これ難しいだろうなぁ。
これはパニック障害に限らず、その病気になった人しかわかんないからなぁ。
”足の裏にできた魚の目をモーレツに痛がっている人にどう接したらいいのか?”ってのと一緒だもんな。
あれは痛い、ホントに痛い、なったことない人にはわかんないだろうけど。
まぁ魚の目はね、ケガのバージョンアップみたいなもんだからそのうち治るけど、パニック障害は心の病だからね、接し方も慎重になるよな。
そんなパニック障害の患者を持つ家族の接し方について良いとされていることや、パニック障害の患者の立場から、オレが言われて辛かったことなんかを紹介しようと思う。
まずはともあれ『パニック障害』のことを知らないと接し方も何もあったもんじゃない、ということで簡単に言うと『不安障害』というグループの病気。
その根底には強い不安感、恐怖心があり、日常生活もまともに遅れなくなるというのが特徴だと言われている。
これじゃちょっとわかりづらいよな。そこでオレは自分のことを振り返って気付いたことがある。
それは『常に何かを心配していた』ということ。とにかくその時は、ありとあらゆることを『心配』していた。
人から言わせれば「そんなに心配しなくても」というようなことでも。
これが強い不安感や恐怖心をじわりじわりと植え付けていき、溜まっていき、MAXになった時に”発症”ということになるとオレは見ている。
まさにこれが『接し方のヒント』であって、だとすると、かける言葉は『何も心配しなくていいぞ』で十分なんだ。
そして、かけない方がいい言葉は”考え出して心配しそうな言葉”。
当時のオレは規模の小さな会社を経営していて、それこそ毎日いろんなことで頭がいっぱいだった。
頭の中は「心配事」だらけ。
そんな状況を何年も続けていたらパニック障害になって仕事ができなくなっちゃったんだけど、そんな中でも家族から、あれはどうするの?これはどうするの?あれはいつなの?これはいつなの?と怒涛の口撃。
これじゃ良くなるもんも良くならねぇよ。
まぁ今じゃね、それはそれで、「パニック障害のこと知らないんだから接し方もそうなるよな」って思えるけど。
それから今度はパニック障害の『発作』についても心配が増えてるだろうから、これについても「心配しなくてもいいよ」と接してほしい。
発作について心配している人にかける言葉としては「パニック発作で死ぬことはないんだから」とか、「行きたい場所があるなら一緒に行こうか」とか。
病気自体を心配している人には、「焦らなくていい。じっくり治していこう」なんてのがいいと思う。
家族も大変だろうけど、一番身近にいる家族の接し方で治るのが早くなるのも事実。
一番安心して落ち着けるのが、やっぱ家族なんだよな。
以上、『パニック障害の患者を持つ家族の接し方』でした。






