『親の死。軽蔑、思い出、感謝、そして後悔』
オレの親父は2016年6月、病気で永眠した。
66歳。
もうすぐ一周忌だな。
まぁオレも44歳の男だからな。特別に思い出してメソメソしてるわけじゃないけど、やっぱ思い出すわな。
子供達はなついていたし、よく遊んで、よく可愛がってもらってた。
運動会には毎回来てたし、休みの前の日になれば「日曜日は釣りにでも行くか?」、「飯でも食いに行くか?」とよく電話してきたなぁ。
これだけ見ればホントただの孫好きなジイさんだけど、オレが幼い頃はとんでもない親父だった。
おかんに手をあげるのは日常茶飯事。
子供会や習い事に行けば他の保護者と喧嘩する。
外に飲みに出かければ、他の客と喧嘩して、返り血を浴びて警官と一緒に夜中に帰ってくる。
その他いろいろ。
まぁとにかくいろんな事をやってくれる親父だったが、やっぱり一番許せなかったのは、「おかんへの暴力」だ。
もう軽蔑しかなかったし、普段もこんな感じだったから尊敬なんかできるわけないし、それで、オレも体が大きくなってきて、とうとう殺意が芽生えるという。
おかんも優しくて激しい性格じゃないから、余計に親父も調子に乗るんだろうなぁ。
で、だんだんエスカレートするっていう。
こういう出来事ってのは、いくつになっても鮮明に覚えてるもんだなぁ。
それがどうだ。
孫であるうちの子たちにはもうデレデレだった。特に下の女の子には、もうどんな目に遭わされても何にも言わねぇ。
親父は女の子が欲しかったらしいが、子供であるオレ達兄弟は2人とも男だったから、余計に甘かった。
下の女の子なんか「じいちゃんは怒らないモン!」とか言ってるからカチンときて「バーカ、じいちゃんは昔はとんでもない男やったんやぞ!それに比べたらパパなんか1万倍優しいわ!」って親父の前で行ってやると、ニコニコ聞いてたな。
オレも親父とはよく遊んだ記憶がある。
でもオレも悪さばかりしてたから、そんな時はヒドイ目にあわされた。
それこそ普通の子供じゃ味合わないほどボコボコにされたよ。
途中で見かねたおかんが、小学生低学年のオレに覆いかぶさって「そこまでしなくてもいいやろ?」って守ってくれたこともあった。
いやホント「うぉ…し、死ぬかも…」って思ったのも1度や2度じゃない。
でもこいうときはオレがとんでもないことしてきたから殴られるわけで、これを恨んだり根に持ったりしたことはまったくなかった。
やられ方は尋常じゃないけどね。
こんな出来事を、親父が死んでから普段のふとした場面でよく思い出すよ。
うれしかったこと、楽しかったこと、悔しかったこと、コワかったこと、頭にきたこと、切なかったこと、悲しかったこと。
その場面場面で、いろんな顔も思い出す。
オレが中2の時、親父とおかんが離婚してオレ達兄弟は親父と暮らしてきたから、親父との思い出の方がどうしてもあるよな。
ホント、トラックに乗りながら、ここまでよく育ててくれたと感謝してる。
まぁオレ達兄弟も優秀だったから、食器洗いから風呂掃除、ゴミ出し、洗濯干しから洗濯物を取り入れてたたむまで、親父がトラックの長距離の運転手だったから、普段はオレ達兄弟が分担してやってたなぁ。
この経験のおかげで1人暮らしでも部屋はキレイだったよ。
それから親父は再婚するんだが、その再婚相手がまた、1人で2人の子供を育てて喫茶店とスナックを長い間1人で切り盛りしてきたような人だから、まー気が強い。
最初はよかったんだけど、それからしばらくしてそのおばさんとオレが大喧嘩して、オレも間違ってないと思ったら1歩も引かねぇから、それからそのまま長い間、親父とも音信不通になった。
オレが結婚したことも言わなかったからね。
当然結婚式にも呼んでねぇし。
そして子供が生まれたことさえも、伝えてない。
そのおばさんとの亀裂がどれほどのもんかってのがわかるでしょ?。
まったくもって、別に親父のことをどうこういうのはない。
それから数年後、下の子が女の子だとわかった時にふと思ったんだ。
「そういや、親父は女の子を欲しがってたなぁ」と。
それからかなぁ、オレの考えが少し変わったのは。
「親父もいい年だし、この先何十年もあるわけじゃない。子供達にも会ってみたいだろうな」と。
ここらでオレの方が折れてやって、子供たち連れて平気な顔して訪ねてやるかってね。
とりあえずおばさんはどうでもいいやと。目的があるから。
それから親父との交流が再開したんだけど、嬉しかったんだろうなぁ。
休みの前の日にはほぼ連絡が来てた。
「明日はなんか用事があるんか?」ってね。
そして去年6月に親父が亡くなるまで、たくさんの日々を子供達と遊ばせることが出来た。
おばさんの方は親父より1年前に亡くなった。
親父はこれまで大きな病気なんかしたことがなかったから、てっきり70歳、80歳となっても元気だろうと勝手に思っていた。
親父が元気なうちは、「子供達と会えるようにしてあげてよかったなぁ」と、すっかりお役御免とばかりに安心していたが、いざこうなると、もっと早くにオレが折れていれば子供達ともう少し遊ばせてあげられたのになぁという後悔と、申し訳ない気持ちがいつまでも残るな。
子供達は釣りが得意なじいちゃんが大好きだったから、いつまでも見守ってやってくれな。
以上、『親の死。軽蔑、思い出、感謝、そして後悔』でした。






