パニック障害中卒塗装職人”淳之介”のブログ

普通とは言えない家庭だったなぁ

「ホント、とても普通とは言えない家庭だったよなぁ、オレんち」

親父とおかんとオレと弟の4人家族。

オレは今年で45歳(たぶん)、弟は2つ下だから今年で43歳(たぶん)。

オレが中2の時に両親が離婚した。

そのとき弟は小学6年生。

やっぱ弟はかわいそうだったなぁ、オレから見れば。

オレは半分ホッとした気持ちと、いざこうなってしまえば、やっぱり寂しさの半分があった。

半分ホッとしたというのも、おかんには「離婚した方がいい」とオレがいつも言ってたから。

ウチの親父は、オレが幼い頃からおかんによく暴力を振るってた。

で、オレが中1ぐらいの時から時々おかんには「離婚してくれ」と頼んでた。

その度におかんは「あんた達がいるのにそんなことはできん」といつも言ってたなぁ。

そりゃあもうひどかった。

鼻血を出してたり、顔や体にアザが出来てたり、やけどしてたり、何度見たことか。

オレが小学6年の時、親父の殺し方を本気で考えてたことは今でも忘れねーなぁ。

「これだけ周りに恐怖や嫌な思いをさせてるけど誰も何も言えない。オレ1人が犠牲になって親父をヤレば、それで全部解決するんじゃねえか?」と。

何通りも考えたっけなぁ。

おかんがいなくなる前の、最後の会話も覚えてる。

「頼むから早く離婚してくれ。このままじゃ母ちゃんいつか殺されるぞ」

「あんな人やから、3人出て行ったら血眼になって探すよ。それで見つかったらそれこそ…」

「オレ達がそれを止めるから大丈夫。オレ達は残るから」

「そんなことは出来んって!」

「頼むから!じゃないとオレがいつか親父を殺してしまいそうやけ!」

おかんは、絶句した。

それから何か月後だったかなぁ。

おかんがやっと出て行ってくれたのは。

親父はしばらくいろんな当てを探し回っていたが、オレ達にもいろいろ聞いてきた。

「母ちゃん、なんか言ってなかったか?なんか聞いてるか?」と。

「なんで急にいなくなったんやろな…」と。

だからオレが答えてやった。

「あれだけ暴力振るわれたのが嫌だったんじゃない?」と。

こんな親父で、気に入らなければおかんにな手をあげるが、オレ達に虐待みたいな暴力はなかった。

そんな親父はそれからもしばらくおかんを探してたようだ。

女に手をあげるようなこういうヤツは、意外と気が小さいもんだ。

それから親父も少し丸くなったようだった。

そして父子家庭の生活が始まったわけだが、親父はトレーラーの運転手で家に帰るのは週に1回だけ。

その間、夕方になると毎日、車で15分くらいのところからばあちゃんが晩飯を作りに来てくれた。

親父がいない日はいつもばあちゃんと3人で食事して、いろんな話して、茶碗を洗って帰って行った。

しかもこのばあちゃん、親父の親じゃないからね。

おかんのおかんだからね。

オレ達のために、娘に暴力振るってきたヤツの所にきて、晩飯を作る。毎日。

この人スゴイなと思った。

それから1年後くらいに、おかんも元気でやってることがわかり会いに行ったりもした。

おかんも再婚し、数年後には親父も再婚。

弟の中学卒業を待って親父が再婚するから、おかんと暮らしたアパートを引っ越そうということになり、そのタイミングで、「じゃあオレはもう1人暮らしでもするよ」と親父たちとは別れた。

親父も家庭があり、おかんも家庭があり、オレは1人暮らしで社会人だから、もうそんなにみんなともあんまり会うこともなくなった。

まぁ、こんな感じになってとりあえずよかったんじゃねぇのかな。

それぞれがそれぞれ元気なら。

それぞれの家庭では、それぞれいろいろあったみてーだけど。

でもまぁ、それぞれがそれぞれの道行くしかないんだから。

それを決断したんだから。

それぞれが。

以上、『普通とは言えない家庭だったなぁ』でした。